指揮者桐田正章によるエッセイです。

第13回定期演奏会より 1995.12.17
第14回定期演奏会より 1996.7.7
第15回定期演奏会より 1997.6.14
第16回定期演奏会より 1997.6.14
第17回定期演奏会より 1997.12.13
第18回定期演奏会より 1998.6.13
第19回定期演奏会より 1998.12.20
第20回定期演奏会より 1999.6.20
第21回定期演奏会より 1999.12.19
第22回定期演奏会より 2000.6.18
第23回定期演奏会より 2001.1.13
第24回定期演奏会より 2001.6.9
第25回定期演奏会より 2002.1.12
第26回定期演奏会より 2002.6.22
第27回定期演奏会より 2003.6.15
第28回定期演奏会より 2004.6.13
第29回定期演奏会より 2005.6.26
第30回定期演奏会より 2006.2.11










































退 屈 な 人 へ                   第28回定期演奏会より 2004.6.13

 今年の年度初めの多忙さは、予想していたとはいえ、やはりかなりハードなものとなった。
 名古屋マーチングフェスティバルでは市内の中・高校生での合同でチャイコフスキーの「スラブ行進曲」、吹奏楽の夕べでは別の合同で「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を取り上げてしまった。無謀であると知っていながら、毎年無茶なことを繰り返してしまうのだ。
 5月2日に開催した吹奏楽の夕べではサクソホーンの第1人者でファブリス・モレッティー氏をフランスからお迎えして、グラズノフの「サクソフォーンコンチェルト」を取り上げた。これは、以前からお世話になっているサックスの服部氏の紹介で実現することとなった。
 これまでのコンテェルトでは前日にリハーサルをし、当日本番会場でステージリハーサルをして本番に臨むのが普通である。しかし、ソリストの都合で当日初めて合わせて本番を迎える、ゲネホンも少なくなかった。ちなみに昨年のアン・ヒーチャン氏とのトランペットコンチェルトはそうだった。
 ところが服部氏はフンメルヤやハイドン等の古典物ならそれも可能だが、フランス音楽に極めて近いロシアのグラズノフではそれでは無理だ、本番前2回の練習は必ず必要だ、と頑として聞き入れてくれない。それで忙しい日程をやり繰りして彼の指示に従った。と、そこまでは良かった。
 本番の1週間前から、やや心配はしていたが前売り券が売れすぎてしまったのである。予想は的中して、当日券売り場には早くから長蛇の列ができ、芸文の事務所からは定員の1,800人を超えてはならない、と釘を刺された。
 「1800部のパンフレットがなくなったところで、入場をストップさせて下さい」と指導までされてしまったら、当然のごとく当日券の販売はできない。当日券を購入するために入り口横で整然と並ばれている方には、満席の場合には販売できませんと、お話はしていたものの、いざそれが現実になると、お断りすることがとても辛かった。何時間も前から並んで待っておられた方々に、何度も何度も頭を下げて謝罪をした。
 さらに開演直前に駆けつけていただいた方には、すでに満席となってしまっていたので、前売り券を持参されているにも関わらず入場していただくことができなくなった。状況をご説明申し上げて、払い戻しの上、お帰り願うこととなってしまった。本番前から演奏以外のことで汗だくとなって右往左往していたのである。
 大変なことは続くもので、私の師である小松一彦氏が、私の演奏を聴きに来られた。うれしいことではあるがプレッシャーは相当なものだ。当日演奏するスコアを用意して入り口でお待ちすること30分、正装の先生が見えたのは本番5分前、すでに前のバンドの本番が始まっていた。演奏のことや翌日からの楽曲研究会のことなどをご相談しながら、扉のところでしばし待つこととなった。
 「桐田君がどんな指揮ぶりをしているのか楽しみだ」なんて言われると、緊張もピークに達してしまう。
 前の団体が終わるのを待って、急いで招待席にご案内した。先生にスコアをお渡しして、すぐにステージへと向かった。当然冷静でおられるわけがない。合同バンドで「ティルオイレンシュピィーゲルの愉快ないたずら」とファブリス・モレッティー氏との「サクソフォーンコンチェルト」を控え、小松先生の目前での演奏となれば、もう究極のピンチである。会場は今回と同じ芸文のコンサートホールであるから、前後左右どこにもお客さんの目がある。これがまたまた大きなプレッシャーとなり演奏(指揮)の自由を奪うのだ。しかも練習不足であまり譜面を勉強してない(これはいつものことではあるが・・・)。
 つまり曲をきちんと把握していないのにステージに立っていることになる。でも、本番の指揮をするからにはスコアばかり見ているわけにはいかない。最低限の形を整えて振ろうと思い、体裁をとり繕ったのが間違いだった。
 ヤバイ!と思ったが、時すでに遅し。第1曲目である本年度の課題曲、北爪道夫先生の「祈りの旅」の前半24小節目で、3拍子と2拍子を振り間違えてしまった。
 なりふり構わず、スコアをしっかり見ながら振れば良かった、と後悔した。同時に重力に誘われ、頭から以前から比べると倍ぐらい広々としてきた前頭部をはじめとする、至る所から汗が噴き出し、流れていった。
 年々、特に毛髪という障害物を失った為か、前頭部を中心に、汗の流れるスピードが速くなっているように思うのだが、気のせいであろうか。
 話を元に戻そう。私が振り間違えると止まってしまうバンドであったが、今回はスムーズに音楽が進行した。
 最近しばしば指揮を振り間違えるせいなのか、それとも私を優しくフォローしてあげようという生徒の心遣いか、いずれにせよ私のミスをとっさの判断でカバーして見事な演奏をしてくれたのである、。しかも、笑顔で(ありがとう)。
 冷や汗と緊張による脱毛は加速したであろうが、何とか子どもたちの支えで第1部が終了した。
 4校合同のステージ第1曲目は、これも本年度の課題曲「鳥たちの神話」である。課題曲全4曲の中で、私の1番苦手な曲である。後半3拍子と4拍子がしつこく交互に繰り返される部分があり、何故かその部分だけがたまらなく難しく感じるのである。ここを振り間違えたら、それこそアンサンブルが乱れるだけでなく演奏が止まりかねない。先ほどの「祈りの旅」の苦い教訓が、私の目をスコアに釘付けにした。
 何とか合同ステージを乗り越え、いよいよ今回のメインプログラム、ファブリス・モレッテイー氏とのグラズノフの「サクソフォーン協奏曲」である。わざわざフランスから世界最高と名高いサクソフォーン奏者をお迎えしての共演だ、失敗の許されない1回だけのチャンスである。緊張は再びピークに達した。
 前奏に誘われテーマがサクソフォーンによって現れると、ホールはアッという間にフランスの香りに包まれた。これまでに1度も体験したことのない世界だ。原色とは違う見事な明るさ、華やかさがホールを包み込んだ。
 音色で魅了した後は音楽だ。躊躇しているかのように見えて決してそうではなく、互いの呼吸を確認しながら丁寧に優しく、時にはささやきかけるような歌い方で、たちまち我々を虜にしてしまった。繊細でいて懐の深い音楽がたまらなく素敵だった。演奏後の拍手も暖かく大きかった。会場全体で、本場フランスの色彩豊かで香り深い音楽を体験できたことは、一生の宝となるに違いない。                            桐田正章